本は楽しい顔をしている
本の表紙って楽しいですよーって言ってるものが多いと思う。
だから本屋さんに行くのは好き。
平積みしているとほんの顔がよくわかって図書館とはまた別なんだよな。
やる気とか元気とかないとき。
本屋に行ってみるのいいよね。
ブクログも元気もらえます。
自分は平凡な人間なのだ やれることをやるだけだ
自分のことを大昔は平凡だと思えていました。
ですがいつの頃からかそう思えなくなって、
自分はなにか成し遂げられる人間なのではないかと信じていました。
中学の時かな、成績が悪すぎて、猛勉強し順位をものすごく上げたことがあります。
また、最初に就職した会社を退職した時に敗北感でプログラミングの勉強を始め資格を何個か取得し、見返した気分になっていました。
そんなことがあったからか、何かを頑張れば自分はすごい人間になれる。
自分はいつかすごい人間になれるのだ、と選民意識的な思考を持っていました。
歳を重ね、いまではようやく自分は平凡だと思えるようになってきました。
長くなりましたが、何が言いたいのかといいますと。
自分は平凡な人間だとおもったらすごく楽になれるということです。
自分はいずれなにか成し遂げる人間のはずなのに今何もしてないと思うとプレッシャーですよね。
だから平凡な人間として、やれることをやっていく、それでいいのかと。
みんな平凡です。そしてやれることをやっていっているだけです。毎日少しずつでいもいいので、なにか取り組もう、というのでいいと思います。
自分はなんかをやれる特別な人間といった思考は歪んでいる、と最近やっと実感してきました。
どうやって毎日やるべきことを進めていったらいいのかが分からない
どうやって毎日やるべきことをやり過ごすのか、今まで分かりませんでした。
気合を入れて朝から晩までどんどんやっていく、という乱暴なやり方はいつも失敗してきました。
仕事では、お金をもらっているからという理由もあり、気合でなんとかこなせます。
ですが、家で気合を入れてやるとあとからの何もできないというリバウンドが恐くて、気合をいれてどんどんはできません。
ずっとやりかたを考えないとな、と模索していました。
以下考えだしたやり方について書いていきます。
やるべきことというのは、それだけのことであってそれ以上のことでもないということ、やりたくないという気持ちが影響して巨大な壁として立ちふさがっているように見えますがそうではないことを知る。
失敗を恐れてやらない、なにかの理由をこじつけてやらないという選択をしていないか自問する。
とにかくやってみる。どういう結果でもいいじゃない。
まずは前提としてそれを理解します。
疲れないように進めていくにはどうしたらいいのか。
楽しむことができると尚いいです。できなければ、それでもいいと思います。
余計なことをやらないようにします。テレビドラマが好きな私はこれが難しい。。。
毎日ここまでという時間を決めるといいと思います。
やらないといけないことを先延ばしする自分はこれからもずっとこのままだ、という考えに囚われない。憂鬱な気持ちが余計やる気をなくします。先のことは分かりません。
やらなければいけないことがたくさんあって混乱して、山のようにあるように見えてやる気をなくすときには、自分のペースでいいからやっていくことが一番の近道でどんなにのろくてもokとする。やっていくことがこれからのスピードアップにつながるし、全然やらないよりちょっとでも進みます。たくさんあるやるべきことに焦らないこと。1つを済ましたら次の一つを考えやっていくので全然ok。
全然やる気がでないときは、いつもと違うことをしてみる。多分毎日がマンネリ化しているのかと。どうせなにもやれないのであれば、ちょっと楽しいことをしてみる、行ったことのないところに出かけてみる。気分が晴れた経験があります。
やることの詰め込みすぎがイライラの素となるから、どんなにスローでも自分を許しながらやっていこう。
性格悪い人に出会ったら
性格悪い人に出会ったら、気分が悪くなるから仕返ししたくなります。
だけど、しない。
仕返ししたら、私の中ではとっても恥ずかしい人間になってしまいそうだから。
以前私も意地悪をしてしまったことがあり、そのときにやり返されました。
(ものを渡すのにちょっと勢いがあったかと思います、気が小さいのでそれくらいしかできません)
自分がやってしまったことに気分が悪くなりました。
そして仕返ししてきた相手ってすごく惨めに見え(笑っていました)、人間としてできてないなと私には見えました。
だから人が嫌がるだろうなと思うことはやらないし、仕返しもしない。
性格悪い人に出会ったら、相手にせずともよし。
その人は人間としてできていません。
そして自分のことに集中。
その態度を貫くことで、周りからの目も変わってくるかと思います。
びくともしない人、やるべきことをしている人と映り、なにかされることも少なくなるかと思います。
後のことはその時考えよう
私は、先のことを考えて、
今これをやると、後で疲れてやる気なくなるかもな、
と思うことがよくある。
とりあえず、今やれることをやってください。
そしてやる気なくなるかは、その時考えてください。
と自分に言いたい。
毎日を楽に生きるために見切り発車で行動すること
昔はもっとゆったりと楽しく毎日を過ごせていたような気がします。
なぜか。
それはズバリ、適当だったから。
この適当というのは紐解いていかないと、ぼんやりしていて分かりづらいです。
適当とは、
それは、見切り発車(買い物するもの決まってないけどお店にとりあえず行くetc)ともいえるし、
自分が信じているできない理由、なんだろ、無駄とまでは言わないけど「邪魔」なものを脇においておく
ということだとおもいます。
適当ができないで完璧主義になってしまうと、
頑張れば頑張るほど何もできなくなっちゃうんですよね。
私の場合は料理を何品も考えるうちに1品もできなかったりするのです。
1品作ることを目標にするのではなく、もう、こうなったら思いつく感じでスーパーに行き何でも買ってきてから、あとから考えてもいいわけです。
いま、レシピは1つの食材で作れるものもありますし。
以前の私だったらガチガチに固めた献立で、買い物リストを作ってそれからお店に行っていました。
そういうのもいいですけど、
結果行動できなければならないわけで。
適当=見切り発車、自分の中でのできない理由を脇においておく
をやってみることで、たくさんのことができて、楽しく生きられるのだと思います。
※脇においておく…できるときにはこだわればいい
今日、雨が降っていますが
まだ朝は降っていなかったので、降ることはわかっていたものの、ベランダにカビ・コケ取りの液をふりかけました。
雨が降ると効果は薄くなるらしいんですが、
それを理由に「やらない」ではなくて、それでもやってみました。
結果すごく気持ち的にすっきりしました。
一つすんだ。
毎日を楽しく生きるために、見切り発車しようと思います。
時にはこだわりももちながら。こだわりって成長につながると思うので。
いついかなるときもこだわって完璧主義になるのではなく、偏らないように、楽にいきたいです。
やろうとした時に、もやっと嫌な感じがするのは幻想なのでは
やらなければならないこと
それをやろうとした時、なんだか一瞬もやっと嫌な感じがします、私だけかな。
みなさんも注意して自分の感情を観察してみると、そういったもやっとした感覚を行動を起こそうとした時に感じとれるかもしれません。
その感覚についてなのですが、それはもしや、脳がバグって起こした幻想なのではと思うのです。
前にやった時、うまくいかなかったから、きっとまたうまく行かないだろうと思ってしまって嫌になった、とか
疲れているときにそれをやって、ひどくしんどかったから、もうやりたくないと嫌になった、とか
脳が起こした幻想なのではと思うのです。
ある程度休んでいるなら、心の状態がもし悪かったとしても、幻想ということに気づけば、ちょっとやってもいいかななんて思えたりすると思うんですよね。
だって、行動することって基本プラスに働くことだと思うので。
すっごく落ち込んで辛くてやれない、なんてこともあるだろうけど、過去から脳が学んだ幻想だと気づけば、行動を起こすハードルが少し下がるのではと思います。
くれぐれも無理しないように、
いま思いついたことを
複数思いついたなら、優先順位をつけて、
それが終わればまた思いついたことを
といった感じで、自分に負担がかからないように取り組むのがいいと思います。
幻想は現実とは全く違っていたりしますものね。